2012年09月10日

日本が核兵器の保有を検討


1960年代の後半、日本政府が、核兵器の保有について極秘裏に検討を進めていたこと-が、NHKが入手した機密資料からわかりました。

NHKが入手したのは、ドイツに残されていた西ドイツ外務省の機密資料です。それによ-りますと、西ドイツとの秘密の外交協議は1969年2月、箱根の旅館などで極秘裏に行われました。

この5年前、中国が核実験に成功し、アジアで初めての核保有国になり、こ-れ以上、核保有国を増やさないというNPT=核拡散防止条約が提唱され、戦後経済発展を遂げた日本や西ドイツなどの国が核兵器を持たないよう促されました。

秘密協議は、の条約の発効を翌年に控え、日本側が西ドイツ側に呼びかけて行われ、出席者は、日本側-が外務省の国際資料部長ら6人、西ドイツ側が当時の外務省政策企画部長ら5人でした。

秘密協議の中で日本側は「中国に続いてインドが核を保有するなど、アジアで核保有国が増えれば、日本の立場が危うくなる。

日本の技術は核兵器の原料を作るのに十分なものだ」として、核兵器を保有する可能性を示し、西ドイツ側に協力を求めました。これに対し;、西ドイツ側は「敗戦で国が東西に分断された現状で、主体的に判断できる問題ではない」として日本に協力することは難しいと伝えていました。

秘密協議に参加した日本側の外交官の1人が、のちに外務事務次官となる村田良平さんです。村田さんは、核兵器の持ち込みをめぐる日米の「密約」を実名で明かした人物で、ことし3月に亡くなる前にNHKのインタビューに答え、秘密協議の目的について「西ドイツ側と意見交換するなかで、核兵器を持てる余地を残し、大国が作った条件を覆したかった」などと証言しました。

秘密協議が行われたのは、核兵器を持たないという非核三原則が1968年に宣言され、19-71年に国会の決議を経て「国是」として定着していく過渡期のことでした。核政策や日米外交に詳しい名古屋大学大学院の春名幹男特任教授は「非核三原則が宣言された1年後-にこうした議論が行われていたことは驚きだ。

核兵器を持つことが、国家の発言力・威信につながるという外務官僚の本音が現れており、そうした意識の下、協議が行われたのだと思う」と話しています。

また、核政策の歴史に詳しい福島大学の黒崎輝准教授は「60年代の時点では、非核三原則が国是であるという認識がまだ低く、政治指導者や外務当局者の間でも国内世論は変わりうるという認識があったと思われる。

だからこそ、核の選択という余地も残しておくべきだという議論につながったのではないか」と話しています。

核を持つべきか、持たぬべきかと問われたら、私は核を持つべきと答える。なぜなら、外交の最終手段は「力づくで、やるべきことやる」である。野蛮と言われようが、軍事力の強い国が最終的に勝利を得る。経済力があろうがなかろうが、軍事力には勝てないのである。

日本には、原発という最終兵器が日本各地に点在している。そして、ロケットの技術も衛星の技術も世界的にはトップに入るだろう。その日本が、真剣に核兵器を作ろうとすれば簡単であり、どれだけの核兵器が作れるかは想像もつかない。

以前、東京都の石原慎太郎知事日本が核保有国に囲まれた中で存在感を維持していく方策として核保有のシミュレーションを行うべきだとの考えを示した。また、「日本は強力な軍事国家にならなかったら絶対、存在感を失う」と主張。宇宙航空技術を応用したミサイル開発の必要性を訴えた。

まさに、その通りである!


posted by 松田英貴 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題
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