2012年07月18日

大津中学校 加害者生徒のプロファイリング


大津中学生自殺事件の問題

なぜ、学校、教育委員会は、一人の少年の命を失ったにも関わらず、自殺に至るまでの真相を徹底的に隠ぺいし続けるのか。 その理由はここにあります・・・実は、この事件の渦中にある学校は、平成21年・22年度に、『道徳教育実践研究事業』推進校として、文部科学省から指定され予算もつきました。

学校のホームページにも、「自ら光り輝く生徒を求めて」という主題で研究紀要がアップされています。

この『道徳教育実践教育事業』が、大津市教育委員会を経由して、事件のあった学校に委託された折の文部科学大臣は、他でもない、大津を選挙区とする、川端達也元文部科学大臣、現総務大臣です。

このような拝啓から、学校も教育委員会も、次期にほとぼりが冷めるぐらいにしか思っていなかったのですう。市は被害者側に和解を求めていますが、和解という「無の圧力」に負けることなく、全ての問題を解明し公表して頂くことを求めます。

加害者側である生徒からは、この場に及んでもも一切の謝罪の言葉はありません。未だに「いじめではなく遊びだった」と発言しています。いじめか遊びかを判断するのは被害者側であり、加害者側ではないのです。このように、罪の意識を感じず、自らの欲望のためにいじめ「犯罪行為」を続ける人間には「人間性」は見受けられません。

犯罪プロファイリングの観点から見ますと、このようなタイプは、とにかく自分の欲求を満たすために全力を投入します。被害者の感じる恐怖や苦痛には鈍感ですが、精神的には病んでいないため、衝動的に行動することはなく、自らに及ぶ危険を避けるように上手に行動します。

陰湿な暴力振るい死に追いやるような人間に、更正や反省を求めても無駄です。とにかく罪の意識が全く無い訳ですから「普通」ではありません。「教育的指導」には即効性がありませから、再びいじめ「犯罪」は起きます。

一般社会においても、一度犯罪を犯した人間は二度、三度と犯罪を繰り返します。学校においても例外ではありません。一旦、悪事の手を染めた人間はそんな簡単に更正改善できるものではありません。

よって、反省を求めることなく、法的は裁きを持って償いをさせるべきです。


posted by 松田英貴 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 危機管理
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