2012年03月19日

ジュンファン・グンフーおよびジークンドー創始の歴史1


第1期:詠春拳と精武体育会
1953年、ブルース・リー師祖はケンカに負けたことが原因で香港詠春拳の門弟となる。師事したのは「香港詠春門の宗師」と言われていた葉問(イェップ・マン)老師である。

3年間正統門人として修練していたが、とある問題を起こし破門となってしまう。しかし、その後は兄弟子の張 卓慶(ウィリアム・チュオン)に個人的に学ぶことができた。

このことにより詠春拳で学ぶ型(小念頭・尋橋・標指)は修得することができたが、木人椿法118式の型は一部分しか学んでいない。また、兵器である六点半棍および八斬刀は学ぶことができなかった。

1958年、学生ボクシング大会へ出場し、3年間連続チャンピオンのイギリス人を詠春拳の技術を用い、1ラウンドでK.Oした。

1959年、精武体育会香港分会において4週間、中国北派拳術および中国南派拳術の基本功、および「功力拳」「節拳」などの型を学ぶ。師は香港分会総教練の邵 漢生老師である。

ちなみに、精武体育会は秘宗拳で有名な霍 元甲老師が1909年に上海にて設立した「体」「知」「徳」の三育を教育目的とする武術/体育専門学校である。ここでは北方の拳術および南方の拳術など様々な流派の門人達がお互いの存在を敬いながら交流をすることによって、己自身を更に磨き上げる場所でもあった。このことにより国家の繁栄をもたらすことができると考えられていたからである。

同年、詠春門のライバルと呼ばれる蔡李仏門の門弟から挑戦を受け実戦試合をし、相手に大怪我を負わせ警察沙汰となってしまう。この件により米国へと旅立つこととなる。

第1期において修得して実戦に生かされていたのは、まぎれもなく詠春拳である。他には、父から学んだ太極拳、試合で学んだボクシング、精武体育会で学んだ他の中国武術などが経験となって後に生かされることとなる。

また、兄のピーターがフェンシングをやっており、この頃の師祖のフェンシング・コスチュームを着た写真が残っているため、定かではないが兄ピーターよりフェンシングの技術の経験を受けている可能性もある。また、この時期より道教の思想をバック・グラウンドとしておき、後にジークンドー哲学の根幹をなすこととなる。


posted by 松田英貴 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | Bruce Lee
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