2014年06月27日

集団的自衛権公使容認に続く「徴兵制度」の積極的導入


☆集団的自衛権公使容認に続く「徴兵制度」の積極的導入

集団的自衛権公使容認の「新三要件」は、実は公明党から自民党に提出された事は、西日本新聞のスクープで明らかにされた。

結局、何もかもが自公のヤラセ閣議であり、出来レースだったと言うことである。

これによって、集団的自衛権公使容認は閣議決定され、日本はアメリカが仕掛ける戦争に引き込まれる形となった。

しかし、これだけでは終わらない。次に待っているのは「徴兵制」の導入である。

戦争が始まれば、現在の自衛官の人数だけでは足りない。自ら志願する人もいるとは思うが到底足りないだろう。そこで、有無を言わさずに国民を戦地に送り込む方法が「徴兵制」と言われる制度である。

「徴兵制」は強制的であり、徴兵年齢に達した男性が対象となるわけだが、問題もある。「士気の低さ」である。今や、草食系男子、絶食系男子が大半を占める日本の若者。そんな若者が武器を手に戦えるだろうか。

銃が重い、装備が重い、疲れた、やってられない・・そんな言葉が聞こえてくる。

それ以上に、社会的な問題も増える。徴兵制に不満を持つ人々による暴動や反乱、自暴自棄になった若者の無差別殺傷などが起きる可能性も十分ある。国内の秩序は乱れに乱れるだろう。

今は昔と違い、国家に対しての忠誠心を持っている日本人は皆無に近い。まして、母国ではなく、他国の起こした戦争の尻拭いのために命を捧げる若者がどれほどいるだろうか。

「人を殺して死刑になりたい」と言って、無差別殺傷事件を起こした人達がいたが、そんな人達には朗報だろう。戦地に行けば全ての願いが叶うわけである。大いに暴れてもらおう。

いずれにせよ、友達や知人、親類や家族、はたまた手塩にかけて育てた子どもが、召集令状一枚で戦地に飛ばされ、挙げ句の果てにボディバックに入って帰ってくれば、自分たちの疎かさにやっと気づくだろう。

あの時、集団的自衛権公使容認を真剣に受け止め反対していれば良かったと。

母国を守る戦いなら仕方がないと思うが、米軍の楯となり死ぬのは御免である。それも、一部の利権者のための無益な戦争なら尚更である。

無意味な戦争は避けるべき!

今、私達が問われているのは国の未来、子どもの未来・・・日本の民意は政治を変える力になれるのか!

今なら、まだ遅くはない。多くの国民が声を上げ、行使容認に反対しよう!
posted by 松田英貴 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済
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